
マイケル・ジャクソン / Bad Sessions Definitive Edition Vol.2 (1CDR)
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『Thriller』の大ヒット、ジャクソンズの『Victory』のリリースとそのツアー、一方でマイケルは姉妹のプロジェクトにも参加しています。
まずThe Jacksons World Clubというアメリカ人向けのファンクラブがあり、83年に配られたデラックス・キットがありました。そのパンフレットの表紙にはジャーメインを除くジャクソンズ5人の写真、マイケルはジャッキー、マーロン、ティト、ランディと一緒に「Beat It」ジャケットを着て写されています。裏面は兄弟の別々に映されている写真、マイケルは「Human Nature」のシングルにあった黄色いベストを着ています。そこに入っていた7インチ・アナログに収録の音源が一曲目と2曲目です。それには、ジャクソンズのピアノをバックにした「Surprise Song」、そして兄弟たちの今後のスケジュールを含むパーソナル・メッセージが入っています。僕らはファンを世界で一番愛する、そう歌われている「Surprise Song」、録音は多少の練習だけでちゃっちゃっと簡単に作った感はあるのですが、皆がとても仲がよさそうで、この後ジャーメインが入り、『Victory』が出て、ツアーをし84年末にマイケルは脱退する、そういう流れになります。
「Peter Pan」(別名「I'm Peter Pan」)は、バズ・コーハンとマイケル・ジャクソンがピーターパンのミュージカルのために書いた83年4月に作られた未発表曲です。マイケルは83年のインタビューでこの曲の一部を歌っています。ジョー・ヴォーゲルは、彼の著書『Man in the Music: The Creative Life and Work of Michael Jackson』等で実際にこの曲を「Happy Song」という未発表曲とともに録音したと書いています。ここではマイケルのアカペラとなる「Peter Pan」、そしてそこからAIで作成したバージョンを一部リマスタリングを施し収録。歌詞は「雲の上で踊るれる、とても高く舞い上がれる、今の僕を見て、今の僕を見て、
僕はピーターパン、僕は何でもできる、とても高く舞い上がることだって」となっています。
尚ピーターパン用の曲について、バズ・コーエンが「マイケルは「Make A Wish」というのフルオーケストラによるデモを作成し、そこに歌入れをして、スティーブン・スピルバーグに送りました」と語っています。しかし93年メキシコでマイケルの未発表曲の存在証言の際には「Make A Wish」という曲を覚えていませんでした。
そしてバズは「また、私たちは「Neverland Landing」という曲も書きました。これは完成していて、私が家で弾いたピアノのデモもあります。どこかにあるはずなのですが、探さないとです」。そのデモはリークしてしませんが、09年にマイケルがブラッド・バクサーと再録音しています。今回は時期が異なると判断して未収録としました。
ジャクソンズの『Victory』の録音が行われる中、84年に二人のジャクソン家の姉妹の録音にマイケルは参加しています。その一つは妹ジャネット・ジャクソンの「Don't Stand Another Chance」です。作曲はマーロン・ジャクソンとジョン・バーンズです。マイケルはジャッキー、ジャーメイン、ティトと共にバック・ボーカルを担当。今回はアルバム・バージョン、それよりやや長い7インチ・バージョン、そして12インチのリミックスとダブ・バージョン、計4種を収録。
そしてもう一つはマイケルの姉リビー・ジャクソンの「Centipede」です。セルフ・タイトルのアルバムから84年9月10日にシングル・リリースされています。マイケル・ジャクソンが作曲、そしてザ・ウェザー・ガールズと共にバッキング・ボーカルも担当しています。ここでは12インチ・バージョンやインストを含む現存する全4種収録しました。
そして時は移り、85年1月22日。「We Are The World」レコーディング初日の夜、ライオネル・リッチー、マイケル・ジャクソン、スティービー・ワンダー、クインシー・ジョーンズはケニー・ロジャースのライオン・シェア・スタジオで「We Are the World」のレコーディングを開始しました。厳重な警備が敷かれ、ロサンゼルスのビバリー・ブールバードにあるスタジオは、セレブリティ・ミュージシャンが入ると、セッション・ミュージシャン、技術者、ビデオ・クルー、随行員、アシスタント、オーガナイザーでいっぱいいになりました。バックトラックはドラムにジョン・JR・ロビンソン、ベースにルイス・ジョンソン、ピアノにグレッグ・フィリンゲインズによって録音されました。 リッチーがピアノの前に座り、全員に曲を教えています。次にリッチーとマイケルが「We Are the World」のボーカルガイドを録音(6回目のテイクが採用)、バッキングと合わせ、各出演者用のテープを作りました。その際にクインシーは「There's a chance we're taking, we're taking our own lives」という歌詞が自殺と解釈されると懸念、リッチーは「We're saving our own lives我々が我々の生命を救う」にするのはどうかと提案します。そしてクインシーも、このグループが、自分たち自身を褒めるような言葉は入れたくない、「There's a choice we're making 我々には選択する自由がある」にしよう、となり変更されました。午前1時30分頃、コーラスのレコーディングでその夜を終えました。クインシーは「出来が良すぎるとラジオで誰かが流してしまうかもしれない」と言ったそうです。
85年1月24日ボーカル・ガイドのテープを、レコーディングに参加するすべてのアーティストに発送、テープを共有したりコピーしたりしないようにとクインシーの手紙が同封されていました。更にその手紙には「いつか子どもたちが、ママやパパは世界飢餓との戦いで何をしたの?と尋ねられた際に、誇らしげにあなたのこの貢献を話すことが出来るはず」と書かれていました。
25日の制作会議、クインシーはソロを歌うパフォーマーの割り当てについて心配しており、才能豊かな人材が大勢いるので、その作業は「スイカをコーラの瓶に入れる」ようなものだと言っていました。26日の夜、リッチーは自宅で全体の流れ、誰がどこに立つかを決めました。
85年1月28日、ハリウッドのA&Mレコーディングスタジオ。マイケルは他のメンバーより早い午後8時に到着、自分のボーカル・パートを録音します。今回その時のボーカル入れの模様を収録しました。
レイ・チャールズ、ビリー・ジョエル、ダイアナ・ロス、シンディ・ローパー、ブルース・スプリングスティーン、ティナ・ターナーを含む残りのUSA for Africaアーティスト、更にマイケルの兄弟姉妹であるジャッキー、ラトーヤ、マーロン、ランディ、ティトも加わりました。参加者の多くは、その夜に開催されたアメリカン・ミュージック・アワードの授賞式から直接スタジオへ向かっています。
マイケル・ジャクソンとお互い歌い合うパートの予定があったプリンスは出席しませんでした(しかしシーラ・Eは参加、それでもソロのパートはもらえませんでした)。プリンスは他のアーティストと一緒にレコーディングしたくなかった、とか、主催者のボブ・ゲルドフがプリンスを変態呼ばわりしたため、と新聞では報じられています。セッション中、リッチーはシーラを媒介役にして、プリンスと電話で話し合いをします。尚シーラはプリンスとのアルバム制作前にリッチーのツアーに参加していました。別の部屋でギターソロを弾くのならとプリンスは提案しますが、その申し出をリッチーは断っています。実際後にレイ・チャールズ等がソロパートを録音していますし、プリンスも別録音でギター参加させることも考慮されても良かったとは思います。ただレコーディングには少なくとも参加した、その事実がないといけない、確かにリッチーの気持ちもわかります。結果、プリンスはアルバム『We Are the World』に「4 the Tears in Your Eyes」を提供しています。
スティビー・ワンダーはエディ・マーフィーに参加を依頼しましたが、マーフィーはシングル「Party All the Time」のレコーディングで忙しいと断っています。マーフィーは「そんな凄いことがあっただなんて後でわかって、自分は本当バカだ、と思ったよ」と語っています。アメリカのトップミュージシャン45人以上が参加しましたが、50人は参加を拒否されています。ジョン・デンバーもその一人です。以前ハンガー・プロジェクトの一員として慈善活動に尽力していたのですが、ティッパー・ゴアの表現規制運動に反対していたことが原因のようです。デンバーは94年の自伝『Take Me Home』で「参加できないのは心が痛みました」と述べています。
スタジオのドアには「ドアを開ける前に自分のエゴをチェックしてください」と書かれていました。スティービーは入ってきたミュージシャンたちを迎え、もし録音が1テイクで終わらなければ、自分とレイ・チャールズが皆を家まで車で送るからねと冗談を言っていました。45人のスター達は午後10時30分頃にそれぞれの位置に着き、歌い始めました。数時間後、スティービーは特に意味を持たないマイケルが作った「sha-lum sha-lin-gay」というコーラスの代わりにスワヒリ語の歌詞を入れたいと提案します。朝の3時と時間も押しており、レイ・チャールズもこれ以上は英語だって歌えない、と怒り始め、ウェイロン・ジェニングスもスワヒリ語は嫌だと退場します(その後結局戻ってきます)。実はアフリカ、エチオピア人はスワヒリ語を喋らないということがわかり、「sha-lum sha-lin-gay」もカットされ、アル・ジャロウ提案の「One world, our world」という言葉から「One world, our children」とそのコーラスが変更されました。早朝、スティービーがエチオピア人女性2人を紹介、彼女たちは国を代表して歌手たちに感謝の意を表し、数人のアーティストが涙を流していました。午前8時に一応完成しましたが、前述したように後にレイ・チャールズらが追加でレコーディングをしています。
「Another Part Of Me」は84年に曲のデモが作られていた、という説が有力です。恐らくディズニー・ランドで放映された3D映画『キャプテンEO』に使われていることから、やはり「We Are Here To Change The World」のレコーディングがあった85年に一度「Another Part Of Me」も完成させていたと推測できます。今回は最初期85年作成とされるデモ、そしてファンメイドのデモ風のバージョンの2種類を収録しています。
1.The Jacksons - Surprise Song 2:59
2.The Jacksons Personal Message 4:25
3.Peter Pan (Acapella Snippet) 0:30
4.Peter Pan (AI) 4:45
5.Janet Jackson - Don't Stand Another Chance (Remastered) 4:17
6.Janet Jackson - Don't Stand Another Chance (7" Version) 4:22
7.Janet Jackson - Don't Stand Another Chance (Specially Remixed Version) 6:58
8.Janet Jackson - Don't Stand Another Chance (Dub Version) 6:55
9.Rebbie Jackson - Centipede 4:31
10.Rebbie Jackson - Centipede (Instrumental) 4:26
11.Rebbie Jackson - Centipede (Extended Version) 5:57
12.Rebbie Jackson - Centipede (12" Instrumental) 5:57
13.Michael Jackson Recording for We Are The World 10:11
14.W A T W (Single Version) 6:26
15.Another Part Of Me (1985 Early Demo) 1:26
16.Another Part Of Me (Fanmade Demo) 3:37
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